EMOTION
STOICKSを終わりにして
MEGUと新しいBANDを創ることにした
Dr.は僕のバイト先に偶然入ってきたN君がすぐ決まり
Bassは高校の後輩の紹介でS君が参加することになった
S君は僕が高校の文化祭でライブをしていた時、
最前列で体育座りをして見ていたという・・・
さっそく帰って高校のビデオを見ると・・・
確かに文化祭のライブ終了後、
最前列で立ち上がるS君が写っていたw
N君はJAZZ〜FUSION系のドラマーで
モノには、僕をはるかに上回るこだわり者(^^;
シンバルを購入したら、まず庭の土の中に
埋めるという・・・
そうすると少々音がくすみ、味わいがあるそうだ
ドラムセットも玄人好みのSONNARを使っていた
普段も聞いたことの無いブランドのスーツを
ビシッと着こなし、象皮の靴など履いていた
当初は、バンド名を
・EMOTIONAL NOIZE か
・BEAT EMOTION
にしようと思っていたのだが、
・EMOTIONAL NOIZE
はなんだか雑っぽいイメージがあるので没になり
・BEAT EMOTION
はちょうど、BOOWYが同名タイトルのアルバムを
出したためコピーバンドと間違われるのをさけて没
にした
結局、EMOTION と決まった
いまだにこの EMOTION という名は好きなんで
いつかこの名前でやってみたいなと思っている
さて、EMOTIONのサウンドだが、
この当時「ビートロック」全盛で
BOOWY, REBECCA,
BACK-TICKなどが流行っていた
別に流行を追うわけではなかったんだが
僕としては初めてカッティング主体の
ビートロックバンドをすることになった
ハードな曲にマンネリを感じていた僕にとって
ライトなサウンドでプレイすることは新鮮だった
まだまともな「マルチエフェクター」がない時代
コンパクトエフェクターをたくさん使ったのも
このバンドが初めてであった
音をステレオに振って左右でデジタルディレイを
タイムをずらして鳴らした上にセンターで
ロングディレイを飛ばしたり、いろいろと実験した事が
いい経験になったなぁと思う
後に「主人公」でマルチエフェクターを駆使するように
なる、その基礎がここで出来たと思う
この頃は曲も次々と浮んできて、
今もやっている「HOLD ME」もこの頃できた曲
N君のタイム感が独特だったので、
ハードに8を刻む曲をやらなかったのは
結果的によかったな
彼のタイム感は具体的に言うと
・バスドラがやや前のめり
・スネアはタメ気味
FUSIONやAORのノリだったと思う
僕は今も昔も「前傾姿勢な前ノリ」なんで(^^;
活動は数回のライブといくつかのコンテスト、オーディション
を受けたが、結果は出ず・・・1年半ほどで解散することに
活動しながら、僕自身はもうプロになりたい考えは薄れてきていた
趣味の範囲で好きな音楽をやっているほうが幸せかな?と
親との約束
「1年間だけ好きにやらせてくれ。
具体的な結果が出せなかったら就職する」
の期限も迫っていた
1年ほどギターを触らない時期が訪れた





